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春香と千早

「さようなら、春香」

通り抜ける風のようにどこまでも軽やかな響きをまとって、いつも通りのあいさつが千早ちゃんから渡される。

いつも通り。
本当にどこまでもいつも通りの動作だったのに、その時の私はなぜだかそれがとても怖かった。
だから五秒たった今でさえ、私は笑いながら「さようなら」とたったの五文字すら紡げずにいるのだ。

理由もなにもわからないけれど、ただ言葉と同じようにたおやかに笑う彼女の顔を直視できなくて、強かに下唇を食む。

怪訝そうに私を見る千早ちゃんが、目の前にいる。

早く返さなきゃ、さようならって、返さなきゃ。
ぐるぐると堂々めぐりの思考は、そこだけをずっとずーっと繰り返しててやっぱり私は言葉を返せなくて、ふいにすごく泣きたい気持ちになった、
これまでできていた言葉を返せないのは、もしかするとすごく子供っぽい理由なのかもしれないのを薄々理解しているからだろうか。

ある春の日の黄昏時のこと。


             ごきげんようの合図
二人きりの社長室で、私は無言のまま少し俯いて、弱ったような動作でソファーにボスン、と背中を預けた。
溜息を口の中ですりつぶしながら、私は心の中だけで唱える。

ああ、まいった。ちょっとは、大人になったつもりだったんだけどなぁ……

「さようなら」を言えない理由が頭をかすめる。
『別れたくない』なんて、なんてちっぽけで自己中心的な独占欲なのだろう!

「うー……」

「あの……はる、か……?」

明らかに不審な私の動作にレザー生地の白いボストンバックを肩にかけたまま、扉の近くにいた千早ちゃんは歩みよってきた。
カツン、と乾いた音をたてながら皮靴の底がリノリウムを叩いた。

「春香?」

もう一度、千早ちゃんが聞いてくる。悪戯を見つけられた子供みたいに窺うような声色(ああ、責められるべきはむしろ私なのに。)だった。
きゅ、っと両手で膝のスカートをつかむ。

「……千早ちゃん、やめない?」

まごつく舌をどうにか動かしてようやく絞りだせたのはたったその一言。
ああ――言いたいのはそういうことじゃなくて、私っ!

「なにを?」

だから、千早ちゃんがこう聞いてくるのも当然のことなのだ。
窓から差し込む斜陽が、オレンジ色の柱と反転した「765」の文字を床に映し出していた。
薄い窓ガラスがびりりと振動したのは、大方大通りにトラックが通ったからだろう。
ふるる。首をふる。
そうだけど、そうじゃないのだ。今、私がいうべきなのはむしろ。

「えーっと……だからっ、その……『さようなら』っていうの!」

「……? そうは言っても、他に言い方なんてないでしょう?」

「……ですよねー」

そう言いつつ私は頭を垂れた。下がった視界に飛び込んでくる床。膝。藍色のスカートと両の手。
再度強かにスカートをつかむと、目に見えてそれにシワが寄った。たぶん残るだろう。……丈夫、に分類されるジーンズ生地なのになぁ。

「春香」

声をかけられ、鎌首をもたげるといつのまにか千早ちゃんは対面のソファーに腰掛けていた。
ごくごく自然な動作で足を組み(あずささんがやれば(さぞセクシー)なんだろうね、とは口が裂けても言えない)、
首を小さく左へかしげたあとこう言った。

「そもそも、どうしていきなりそんなことを言い出したの?」

いきなり確信をつく質問だった。
逃げ道へ回り込まれたようなそんなバツの悪い感覚がゼリー状になって、食道を落ちて、ぼとり、と胃に着地する。
――もちろん幻覚だけれど、たぶんそんな感じだろうと私は思った。
ひくついた喉は、先ほどの恐怖の余韻のためか、はたまた図星を言い当てられたことによって生まれた焦りのためなのか。
――ああ、現実逃避もはなはだしい。

「ええっ! ……ええっと…………なんでだろう?」

え、えへへ……と髪の毛を掻くと、呆れたと物申す視線だけが私の肌に刺さった。
今に始まったことじゃないからいいけれど、とも言っているので、特別責められるような感情は湧き上がってこない。
………………うぅっ。

「じゃ……じゃあさ、じゃあさっ! 「さようなら」に変わる挨拶考えてみよーよ、千早ちゃん!」

おお、我ながらいい提案した! そういいつつ私はファイティングポーズに似た姿勢を作る。
水飲み人形みたいにうなづくと、半目になった千早ちゃんを華麗にスルーして候補をあげていく。

「グッバイ、アウフヴィーダーゼーン、オールヴォワール、スパシーバ……」

「それはロシア語でありがとう、よ?」

アメリカ、ドイツ、フランス、ロシアとユーラシアをめぐり、続ける。

「アディオス、ホシュチャカルン、ええぃ、突っ込みは無粋だよ千早ちゃん!」

スペイン、トルコをめぐり、突っ込んで、さらに続ける。

「アニョハセヨ、さいちぇ……ああっー!!」

そうして私は叫び、立ち上がった。
今座っているのがソファーでよかったとうっすら思った。
イスだったら、きっと私は今頃イスと共に(物理法則を無視したなにか。難易度ウルトラEをやらかしつつ)床に伏していただろう。
……ともかく。

「千早ちゃん!!」

「っ!? いきなりどうしたの春香」

いつもの発作ね、と半目で私を見ていた千早ちゃんはぴくりと肩を揺らしていた。
まさか振られるとは思っていなかったのだろう、反動のように体全体が強張っているのを感じる。……完全に油断しきっていたようだ。

「そうだよ! うん、そうそう! ちはやちゃーん! どうして今まで気がつかなかったんだろう!!」

「だから、なにが――」

どうしたの、と続くはずだった彼女の言葉を半ば強引にかっさらい、私は言った。
同じ五文字。だけど、違う五文字。

「ほら、千早ちゃん。さようなら、じゃなくてさ。こう言えばいいんだよー!」

にへー、と笑いながら私は両手を広げる。
ソファーに腰掛けようとはまだ思えなかった。落ち着いて、と目線で言われるけれど今はやっぱりスルー、スルー!
告げる言葉は、

『またあした』


お別れのために言う言葉ではなく、また会うための約束のために言う言葉。


「シーユーアゲイン、さいちぇん!」


言いつつ、すとん、と胸の支えが落ちたような感覚がした。
そうか。自分は、別れたくなかっただけ(そういう気持ちは一ミリもなかった、とは言えないから。……子供だなぁ。)ではなく、
ただ単純に「さようなら」という五文字が怖かっただけなのだ。
さようなら。――それで、その言葉で、彼女との関係線が一度でもきれいに断ち切られるのが怖かったのだ。

「もう……」

と。
見透かしたように千早ちゃんが笑っている。でもね、千早ちゃん。


「同じ五文字なら、こっちの方がいいよ」


そう。ずっといい。

「はいはい、それじゃあさっきからやり直しね」

苦笑いで目を細め口元を緩ませる千早ちゃんを視線で追い、私はうなずいた。
斜陽は相変わらず降り注いでいるし、社長室は私たち二人きりである。あきれるくらいにさっきとまるで同じシチュエーションだった。

「それじゃあ」

強いて相違点をあげるならば、紡がれる五文字が違うだけ。
だから私たちは二人して苦笑いしながら――温かい気持ちのまま――言うのだ。
くすくすと押し殺したような笑い声が響いて、そしてそれが私と千早ちゃんにとっての


              ごきげんようの合図になる。



               了

乙女は春香さん。春香さんは乙女。
不安なるのは乙女の特権。不安にするのは乙女が鉄拳。
まあきれいな二段論法ですこと! そんな話。
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ひゃくまるP

Author:ひゃくまるP
アイマスにはまりすぎて耳汁とか色々出てる人のブログです。
基本的にアイマスの小説とか書いてうはうはしてます。
あとはニコマスの紹介とか。 夢に春香さんが出てきます。
メッセやメールは→ hyakumaru0313あっとまーくhotmail.co.jp

願わくば、全てのプロデューサーさんと握手できますよう。

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