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春香と千早



「月を食べるの。」


それはどこか浮ついた口調と足取りだった。


       夜の食卓


課せられた今日一日の営業を終えて、駅までの帰路についていた時のことだ。
私の数歩先を歩いていた春香は、楽しげに笑いながら先の言葉を紡いで、
それから軽やかなステップで振り返った。

「――……?」

細められた彼女の視線の先にいるのは、なんの脈絡なく齎された言葉に
どう返答して良いものか考えあぐねて、連鎖的に立ちどまった私で。
(もっとも、彼女の突拍子のなさは今に始まったことではないのだけれど。)


「えええーっと……。だから、こういう事だよ、千早ちゃん」


――――そうして。


絡められた視線。
細められた眼睛。
伸ばされた右腕。
夜天を摘む指先。
春先の午後八時。
駅までの道のり。


寒さでぐずるように停留する白い吐息の向こう。
鎌首をもたげたところに、月があった。満月だ。


――――空を見上げるのは何時ぶりの事だろう。


誘導されて見上げた空ながら、都会のそれにはまったく星が見えない。
どこか味気ない。月は孤独そうに震えている。ぼんやりとそう思った。


「ほらっ」


声がしてそちらを向けば、やはり機嫌ににはー、と笑う春香がいる。
小首を傾げた私をさておいて、伸ばした指先で月を摘む仕草をする。
頭の上にもう一つ疑問符を追加した私へ送られる、締りのない笑顔。
彼女はその指を口元へやってから、少し大げさに開けてパクついた。


その瞬間、ああと言う声が出て 真意と意図を私はよくよく理解した。
頷きよりも呆れが反応として出たのは、咎められた事ではないだろう。

――――まったく、このトップアイドルは芸が細かいにも程がある。
何も鍛えに鍛えた表現力を、こんな場所で使わずとも良いだろうに。


「春香、それ、おいしいのかしら?」
「えへへ。ふぁあねー」


大方、口の中で満月を転がしてでもいるのだろう。
春香は口元を更にだらしなく緩めて、笑っている。

大通りから一本ずれた雑居ビル群の人影は疎らで、
街中だと言うのに自分の足音がよく聞こえて来た。

クラクションとサイレンはどこか遠くの方から飛んできているようで、
都会ならではの、背中を這い登る様な喧騒も蓋を被せたみたく何処か遠い。
――――透明な壁の広い部屋に、隔離されているみたい。ふと思った。

「千早ちゃんも食べる?」
「―――――……月を?」

「そー。何なら口移しで」
「…………春香、あのね」

思い出したように春香が切り出したのは、そう思ってから間もなくのことだった。
―別段、意識して行った訳ではないけれど、咎めるような口調になってしまった。
本気なんだけどなー、と口を尖らす彼女を視界に収めながら、反射のような嘆息。


「でもおいしいよー。これはホント。」


三日月はちょっと酸っぱいとか、上弦の月は苦みが癖になるだとか
夕日は噛み砕くと日中の光が凝縮された蜜がとろっと出てくるとか。


指折り数えながら味の種類を説明する春香に、


「……甘い者好きもここまでくると末期ね」

「そこはロマンチストって言ってよー……」


じゃれ合いのような会話の応酬を重ね、くすくすと笑い合いながら二人で夜を歩く。
ジャリ、と靴が鳴き、部屋の外から飛んでくるクラクション。サイレン。
それから犬の遠吠え。あぁ。ふと思い出した。


「外国では犬は月を食べるという伝説があったそうね」

「え。いいなぁワンちゃんにもわかるんだ。この味ー」


私は猫派なんだけど。と残念そうに付言する彼女を横目で見ながら、
くすりと一つ、ただし苦笑い混じりでただの風習よ、と教えてやる。
予想通り、一拍遅れて目を丸くしながら冗談だよぉ、とむくれる春香。
言動が色々と伴っていないけれど、意外と負けず嫌いの性質の親友は、
指摘すれば臍を曲げるだろう事はわかりきっていて。だから私は、そうね、と曖昧に言葉を返した。


それから、ふと想像を広げる。瞼の裏側にいるのは
夜天の食卓に上り、犬と一緒に月を食べる春香だ。
幸せそうに犬と月を食べる彼女を幻視する。
きっとそれは、さぞ楽しい会食に違いない。


――口元が緩んだ。


「……春香」
「んんー?」


ああ。そう。だからこれは、
ただ興が乗ったと言うか、気が向いたというだけのことなのだろう。
私は隣を歩いていた彼女の手を取り、

「一つ頂くわ」

と告げて満月を口に含んだのだった。

「…………」
「春香?」
「…………」
「……春香?」
「ふぇ!? え、あ、いや、なんでもない! なんでもないよー!?」
「?」

顔中真っ赤にしながら高速で手を振り、
なんでもないと蓄音機のように繰り返す春香に疑問符を三つほど浮かべて、

「それならいいのだけれど」

流すことにした。
コロ、と、口の中で転がした満月は、氷のように冷たく冴えていて。
それでもなぜだか、ほんのりと甘かったのだ。
――おいしい、と誰ともなしに呟くと、隣から でしょー? という律義な返答が届く。

しばらく無言で歩いていると、唐突に月が墜ちてこないかなぁ、と春香が笑った。

「みんなで食べたいなぁ。月ー」

「中国の故人に、春香と同じ事を思った人がいるわよ」

「へー? それってだれ? どんな人ー?」

「杞憂を作った人」

「すごーい。千早ちゃんってばやっぱり博学だなぁ。
 ……ん? あれ? それ、私馬鹿にされてる!?」

私にも高校生としてのプライドがあるよー、と涙目になりながら訴える春香を宥め、言う。


「月も空も落ちて来ないわよ、春香。」

「――……つまんないなー」

「――ああでも、そのかわりに。」


コロ、っと満月を口の中で転がしてから、私はそっと思った。




私は見事におちたみたいだけれど。と。



           了


ミッシングムーンと千早と春香の言動を別に掛けてなんかないとかなんとか。
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プロフィール

ひゃくまるP

Author:ひゃくまるP
アイマスにはまりすぎて耳汁とか色々出てる人のブログです。
基本的にアイマスの小説とか書いてうはうはしてます。
あとはニコマスの紹介とか。 夢に春香さんが出てきます。
メッセやメールは→ hyakumaru0313あっとまーくhotmail.co.jp

願わくば、全てのプロデューサーさんと握手できますよう。

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